大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)23号 判決

一 請求原因一及び同二の事実は当事者間に争いがない。

二 そこで、原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。

1 取消事由1の主張について

原告は、本件商標における「翁の肖像」の図形と「樋屋十世」の文字とは、肖像の人物は樋屋十世であり、樋屋十世は肖像に描かれているような人物であるという関係にあつて、両者は有機的に結合しているものであるから、このうちの「樋屋十世」という文字部分だけを分離し、これに基づいて商標類否の判断をすることはできない、と主張する。

しかしながら、本件商標が別紙(〔編註〕省略)第一に示すとおりの構成から成るものであることは当事者間に争いがなく、これによれば、「樋屋十世」の文字は、「翁の肖像」の図形とは別個に、その図形の上部に右横書きされていることが一見して明白であるから、一方で、右「翁の肖像」の図形の上部の「樋屋十世」と同図形の下部の「故阪上忠兵衛翁之肖像」との各文字を、右「翁の肖像」の図形の説明文言と解する指定商品「丸薬」の需要者があり、また、同図形と「樋屋十世」の文字との間には、仮に原告主張のように、肖像(図形)の人物は樋屋十世であり、樋屋十世は肖像(図形)に描かれているような人物であるという意味上の関係があるとしても、他方で、右「翁の肖像」の図形と「故阪上忠兵衛翁之肖像」の文字とを、特に中央上部に太字で顕著に現わした「樋屋十世」の文字に対する説明的表示と解し、これに着目し、また、本件商標を称呼しようとする場合、称呼に親しみやすいこの文字部分に注意を傾ける指定商品「丸薬」の需要者も決して少なくないと推認するに難くない。したがつて、右の構成に即して、文字部分、すなわち「樋屋十世」の文字がそれ自体として自他商品の識別標識としての機能を果しうるものであるか否かを検討し、それに基づいて商標類否の判断をすることは何ら差支えないことである。

そして、「樋屋十世」の文字がそれだけで自他商品の識別標識としての機能を果しうるものであることは、この文字の構成から明らかである。

次に、原告は、「樋屋十世」の文字は特定の一人の人物を指しているのであるから、これを「樋屋」と「十世」の部分に分離し、そこから「ヒヤ」の称呼が生ずるとするのは誤りである、と主張する。

しかしながら、「樋屋十世」の文字から「ヒヤジユツセイ」の称呼が生ずることはいうまでもないが、同時に、「樋屋十世」の文字のうち「樋屋」の文字は屋号又は商号を表わし、それに続く「十世」の文字は「樋屋の十代目の子孫」又は「樋屋の屋号(又は商号)の十番目の継承者」を表わすものであり、かつ、本件商標における「樋屋十世」の語は、本件商標の別紙第一のとおりの構成、ことに「故阪上忠兵衛氏直伝」の表示からも明らかなように、指定商品が「樋屋十世」の創製にかかるものであることをも、需要者に容易に認識させるものであり、したがつて、その「十世」の部分は、本件商標の指定商品「丸薬」について創製の由来を示す部分であるから、本件商標が当該丸薬の創製者の亡き後用いられるときは、指定商品の需要者は、その創製者への関心をもつて「ヒヤジユツセイ」と称呼することもあるとしても、また、その指定商品が樋屋十世に由来する「樋屋」の丸薬であることに、主たる識別のための注意ないし認識を置き、単に「ヒヤ」と称呼することも、また少なくないであろうことは、弁論の全趣旨により認めうる指定商品についての簡易、迅速を旨とする取引の実情に徴し、容易に肯認しうるところである。したがつて、本件商標の「樋屋十世」の文字に接する指定商品の需要者がそのうちの「樋屋」の部分に着目し、これだけで自他商品の識別機能を果しうるとの認識をもち、ひいて、本件商標から、単に「ヒヤ」の称呼をも生ずるであろうことは否定できないところである。

そうすれば、本件商標からは「ヒヤ」の称呼も生ずるとした審決の判断に誤りはなく、原告の主張は理由がない。

2 取消事由2の主張について

原告は、審決の判断は特許庁における従来の登録例ないし実務と矛盾するものであり、かくては法的安定性が著しく失われることになるから不当である旨主張する。

しかしながら、仮に特許庁における従来の登録例等に原告主張のようなものがあつたとしても、それによつて審決が違法であるとされる法律上の根拠はないし、裁判所がその従来の例に拘束される根拠もないから、審決の取消を求める取消事由としてはそれ自体理由がない。

三 以上のとおり、審決の取消を求める原告の主張はすべて理由がないので、本訴請求は失当として棄却することとする。

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